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<今週の説教要旨>

6/26 「父の家を離れ」 説教者/川内活也牧師
創世記12章1~4節 

父との別れ

6月11日に父が召天しました。家族との死別は初めての経験でしたし、入院から2ヶ月ほどの短い期間での召天でしたので、寂しさや喪失感で、突然、涙腺崩壊してしまう状態はまだ続いています。しかし、長年父が牧会していた教会での葬儀であり、家族も周囲の関係者もほとんどがクリスチャンという、同じ信仰による希望と慰めに満たされていることは感謝です。

アブラムへの招き

今日の分かち合う箇所は、アブラム(後に信仰の父と呼ばれるアブラハム)が、父テラと死別した直後の箇所です。テラはカルデヤのウルから、カナンを目指して移動していましたが、最終的にはユーフラテス川上流のハランという地にとどまっていたと記録されています。族長時代と呼ばれるこの時代、テラは多くの財産と一族を築いた裕福な族長だった姿を聖書の記録から読み取る事が出来ます。さて1節を読むと、そのテラがハランで亡くなった時、アブラムは神さまから「父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい」と招かれました。

アブラムの決意

父テラが築いた豊かな一族をアブラムは受継ぎました。ハランの地において、安定と安住を得ていた様子が伝わります。そのままそこに留まり、地域の有力部族として生きることが、一般的には賢い選択だったかも知れません。しかしアブラムは、神さまからの招きに従い、安定と安住の地を離れる決意に立ち上がりました。当時の常識、安定と安住の「父の家」を離れ、主なる神さまの招きに従い、歩み出したのです。

知識の実

さて、創世記3章で、人類に「罪」がもたらされた記録があります。先々週のメッセージでも語られていましたが、この善悪を知る知識の木の実が「致死的な毒性植物」だったのではありません。神さまが語られた約束の言葉を捨てて、蛇の誘惑に従い、神さまを侮り、その実を採って食べることを選び取ったことが「罪=神さまとの断絶」であり、いのちである方との交わりを断ち切った事により、人は「死と滅び」に捕われてしまったのです。結果、人は確かに「神のようになる」という言葉通りに、神のように善悪を知りつつ、善では無く、欲望のままに悪を選ぶことさえ出来る知恵と知識を得たのです。神さまとの交わりの中で、いのちに結ばれ、将来と希望に満ちた「非常に良かった世界」が、この時から死と滅びにつながれてしまいました。

父の家を離れ、天の父へ向かい

「父の家」が示すのは、主なる神さまから離れた「知恵と知識」に満ちた世界です。そこには確かに慣れ親しんだ安定・安心があるかも知れません。しかし、そこには主なる神さまとの交わりが無いのです。アブラムは神さまの招きに従い立ち上がり、父の家を離れ、天の父なる神さまの約束に向かって歩み出しました。神さまから隠れて食べた「善悪の知識の木の実」を捨て、神さまの約束の御言葉を信じる信仰の実を選びとったのです。

箴言1:07 主を畏れることは知恵の初め。

神を畏れること、主の御言葉を信じる信仰こそが、まことの知恵と知識の実を結ばせ、約束の祝福へと私たちを導くのです。(箴言1:7)罪の世に在って慣れ親しんでいる知恵・知識・経験からでは無く、主の御言葉の約束を信じる信仰によって、私たちは自分自身の、そして、家族におよぶ死と滅びに対してさえ、キリスト・イエスによる圧倒的な勝利を得させられるのです。

新たなこの一週、私たちは慣れ親しんだ世の知識、死と滅びの罪を離れ、神さまの約束される祝福の家に向かい、信仰をもって歩み出しましょう!

 

 

『信仰は、望んでいることを保証し、見えないものを確信させるものです』ヘブル11章1節

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