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<今週の説教要旨>

5/24 「 石を投じる 」 歴代誌下 17章3-11節 川内裕子 牧師

<主が共におられた>

 今日登場するのは、南ユダ王国のヨシャファト王、ダビデから数えて6代目の王です。主はヨシャファトと共におられました(3節)。それはダビデが最初の頃歩んだように、正しい道を歩んだからです。「少し距離をとって…」と推奨されるこの時、「共にいる」との魅力的な宣言に、ことさら惹かれます。

 

<民に教え巡る>

 ヨシャファトはこれまでの王とは一味違った事績が記されます。高官たち、レビ人たち、祭司たちをユダの全ての町々に派遣し、巡らせて民に主の律法を教えさせたというのです。民への宗教教育です。ヨシャファトの父アサの治世に長く続いた平和が、そのような政策を行う余裕を生み出したのかもしれません。民は王の兵として戦うのではなく、落ち着いて主の律法を知るという生活を得たのです。

 主の律法を知るとは、どういうことでしょうか。それは自分たちのルーツを知り、自分たちを救い出してくださった神の愛を知り、だからこそ主なる神を礼拝し従うのだ、という自らの立ちどころを知ることです。

 ただ目に見える王の命ずるままに、何のために何に向かって礼拝しているのかを知らずに主を拝するのではなく、自分が頼るべき方、拝むべき方を知って主を礼拝することを知ったのです。

 主の教えを教わることにより、民はきっと根っこを伸ばしてしっかり立つように変わったでしょう。それは国全体のありようも変えたのではないでしょうか。南ユダ周辺の国々が主への恐れを覚え、戦を向ける国はなかった(10)というのは、ヨシャファト王一人の力によるものではないと思います。「人草」と雑草のように勘定される民の、細い草一本一本が主への信頼に立つときに、国全体が変わっていったことを、周りの国々は実感したのではないでしょうか。

 

<石を投じる>

 ヨシャファトは、民の中に「主の教え」という石を投じたのです。水の中にドボンと石が投げ入れられたなら、石が投じられたところから水面には水紋が広がってゆくでしょう。民の心も体も、主の教えを頂いて変わっていきました。広がる水紋は遠くに広がって影響を及ぼしていきます。

 

 私たちの中に、日々いろんな石が投じられています。私たちはそのたびに揺さぶられます。「あなたのそばにやってきたよ、あなたと共に生きるよ」という主の大きな愛を、どーんと受け入れましょう。私たち一人一人の手に余るほどの大きさかもしれませんけれど。その愛の思いがけない大きさに、広がる波紋は大きく遠くうねってゆくかもしれませんけれど。神の愛に揺さぶられ、心と体を震わせて、その波紋を広げてゆきましょう。「今は少し離れて」と言われるこの世の中で、つながるために。

 

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